地方の社労士事務所がClaudeで就業規則・労使協定の作成時間を月28時間から3時間に短縮した方法
「また残業か…」地方の社労士が抱えていたリアルな悩み
夜10時。事務所のデスクで、私は何十枚もの就業規則の草案を前にため息をついていた。明日の午前中に顧問先のA社へ提出しなければならない。でも、似たような規則をこれで何十回作ったか分からない。「育児・介護休業の条文は前回のどのファイルをベースにしたっけ?」「テレワーク勤務に関する条項、最新の法改正に対応できているか?」——頭の中でそんな問いが堂々巡りする。
社会保険労務士として独立して7年。福島県いわき市で地元の中小企業を中心に顧問契約を結んできたが、ここ数年ずっと感じていた壁がある。就業規則や労使協定の作成・改定業務が、想像以上に時間を食い続けているのだ。
顧問先が増えるのは嬉しいことだ。でもそのたびに深夜作業が増える。このままでは自分が潰れる。そんな限界感を感じていた2024年の冬、私はClaudeと出会った。今回は、その出会いがどう事務所を変えたかを、失敗も含めて正直にお伝えしたい。
なぜAIを導入しようと思ったのか
きっかけは、同業の先輩社労士が「ChatGPTで議事録の要約をやってみた」と話していたことだった。2024年の秋ごろ、社労士会の研修会でその話を聞いた私は、最初は「うちみたいな小規模事務所には関係ないかな」と半信半疑だった。スタッフは私を含めて3名。専任のIT担当者もいない。AIツールの導入なんて大企業がやることだという先入観があった。
ところがその月、ちょうど新規顧問先が3社重なり、就業規則の新規作成依頼が2件、既存規則の大幅改定が1件という状況になった。いずれも期限は1か月以内。通常業務の給与計算や各種手続きをこなしながら、その3案件をさばくのは物理的に無理だと思った。
そこで試しにClaudeを使ってみた。当時は「文章を手伝ってくれるツール」くらいの認識だったが、就業規則の条文案を出力させてみたときの完成度に正直驚いた。労働基準法の条項に沿った構成、会社の業種・規模を踏まえた柔軟な文言、そして何より「読める日本語」で書いてくれる。これは使える、と確信したのはその瞬間だった。
導入にかかった初期コストは、Claude Proのサブスクリプション費用(当時月額約3,000円)のみ。社内研修も「私が1週間使いながら覚えて、スタッフに共有した」という形で進めた。
具体的な取り組み:ClaudeをどうやってAI補助員にしたか
ステップ1:就業規則作成の「型」を作る
まず私がやったのは、自分たちの業務フローを可視化することだった。就業規則の新規作成は大きく以下の工程に分かれる。
- 顧問先のヒアリング(業種・規模・既存ルールの確認)
- 法定必要事項の確認(労基法89条、90条など)
- 草案の条文化
- クライアントとの確認・修正
- 労働基準監督署への届出準備
このうち最も時間がかかっていたのが「3.草案の条文化」だ。特に会社ごとのカスタマイズが必要な部分——始業・終業時刻、休日設定、テレワーク条項、育児・介護休業の特例措置など——に毎回頭を悩ませていた。
そこで私はClaudeに「専属の法務補助員」としてロールを与えるシステムプロンプトを作成した。
【実際に使ったプロンプト①:初期設定プロンプト】
あなたは社会保険労務士事務所の法務補助員です。日本の労働関係法令(労働基準法・育児介護休業法・パートタイム・有期雇用労働法等)に精通しており、中小企業向けの就業規則作成を専門としています。
以下のルールに従ってください:
・条文は「である調」で統一する
・各条項に条番号を振る(第〇条)
・法令の根拠条文は(労基法第〇条)のように括弧内に記す
・企業規模が30名以下の場合は、運用しやすいシンプルな文言を優先する
・最新の法改正(2024年以降)に対応した内容にする
・私が「確認してください」と言った場合は、法的に問題がある箇所を指摘してください
このプロンプトを最初に送るだけで、以降の会話でClaudeが一貫したスタンスで答えてくれるようになった。
ステップ2:ヒアリングシートをそのまま投げ込む
次に作ったのが「ヒアリングシート」のフォーマットだ。顧問先へのヒアリング内容を15項目の質問にまとめ、その回答をそのままClaudeに貼り付けるだけで草案を出力できる体制を整えた。
【実際に使ったプロンプト②:草案作成プロンプト】
以下のヒアリング情報をもとに、就業規則の草案を作成してください。第1章から第10章構成(総則・採用・勤務時間・休日休暇・給与・退職・服務規律・安全衛生・育児介護休業・懲戒)でお願いします。
【ヒアリング情報】
・業種:製造業(金属加工)
・従業員数:正社員18名、パート4名
・始業:8:00、終業:17:00(休憩60分)
・休日:土日祝・年末年始(年間休日120日)
・年次有給休暇:法定通り付与
・テレワーク:なし
・変形労働時間制:なし(将来的に検討中)
・フレックス:なし
・育児休業の特例:なし(法定通り)
・懲戒規定:一般的なもので可
・その他特記事項:職人気質の社風のため、服務規律は厳しめに設定したい
このプロンプトを送ると、Claudeは15分程度で全10章・約50条からなる草案を出力する。もちろんそのまま使えるわけではないが、「ゼロから書き始める」作業が「見直して修正する」作業に変わる。これだけで体感的に作業時間は60〜70%減った。
ステップ3:労使協定の自動生成テンプレート化
就業規則と並んで時間がかかっていたのが各種労使協定の作成だ。36協定、変形労働時間制に関する協定、賃金控除に関する協定など、顧問先の状況に応じて毎年更新が必要なものが多い。
【実際に使ったプロンプト③:36協定作成プロンプト】
以下の条件で、時間外労働・休日労働に関する協定届(36協定)の文案を作成してください。様式9号に準拠した内容でお願いします。
・会社名:〇〇製作所株式会社
・業種:金属製品製造業
・時間外労働の上限:月45時間、年360時間
・特別条項:あり(月80時間、年720時間、年6回まで)
・休日労働:月2日まで
・協定の有効期間:2025年4月1日〜2026年3月31日
・労働者代表の選出方法:挙手による選出
また、特別条項を発動する際の「限度時間を超えて労働させる必要がある場合」の具体的な事由について、製造業に適した例を3つ提案してください。
このような形で労使協定の文案も自動化した。特に最後の「具体的事由の提案」が意外と便利で、毎回同じような文言を使い回していた部分が、顧問先の業種に合ったものに変わった。
ステップ4:法改正への対応チェック機能
社労士業務で最も神経を使うのが「法改正への対応漏れ」だ。労働関係法令は毎年のように改正があり、就業規則の条文が知らぬ間に古くなっていることがある。
【実際に使ったプロンプト④:法令チェックプロンプト】
以下の就業規則の条文を確認してください。2024年以降の法改正(育児・介護休業法改正、労働条件明示ルールの変更、障害者雇用率の改定等)の観点から、修正が必要な箇所や追加すべき条項があれば指摘してください。また、修正案もあわせて提示してください。
【確認対象条文】
(ここに既存の就業規則テキストを貼り付ける)
この「チェックプロンプト」は、既存顧問先の規則を年次で見直す際にも大活躍している。以前は私が法改正情報を一つひとつ確認しながら手作業でチェックしていたが、今はClaudeが「第〇条は2024年の改正に対応していません。以下のように修正することを推奨します」と具体的に指摘してくれる。
ステップ5:スタッフへの共有と運用ルール
私一人が使いこなせても、事務所全体で活用できなければ意味がない。そこでプロンプト集をNotionにまとめ、スタッフ2名にも共有した。「このヒアリングシートを記入したら、このプロンプトに貼り付けてClaudeに投げてください」というマニュアルを作ったことで、補助業務の一部をスタッフに委任できるようになった。
失敗談と改善:うまくいかなかった3つのこと
失敗①「出力をそのまま使ったら法的に問題があった」
導入初期、私はClaudeの出力を過信してしまった。ある顧問先の就業規則をClaudeに作成させ、簡単に目を通してクライアントに提出した。後日、労働基準監督署の担当者から「賃金の支払い方法に関する条文が労基法24条の原則に合致していない可能性がある」と指摘を受けた。
原因は、私がプロンプトで「払い方」に関する詳細を指定しなかったため、Claudeが一般的な書き方で出力したものに不十分な部分があったことだ。幸い大きな問題にはならなかったが、冷や汗をかいた。
改善策:以降は「出力されたものはあくまで草案。必ず私が全文精読してから提出する」というルールを徹底した。特に賃金・解雇・懲戒に関する条項は念入りに確認するチェックリストを別途作成した。Claudeはあくまで「最初の70点を作るツール」であり、残りの30点は専門家の目でつくるものだという意識を持つことが大切だと学んだ。
失敗②「古い情報を出力してくることがあった」
Claudeには知識のカットオフ日程がある。私が「最新の法改正に対応して」と指示しても、学習データに含まれていない直近の改正には対応できないケースがあることに気づいた。実際、2025年4月に施行された育児・介護休業法の改正に関する条項で、古いバージョンの文言が出力されたことがあった。
改善策:重要な法改正についてはClaudeに頼らず、厚生労働省の公式サイトや社労士会の通知文で自分自身が情報を確認するようにした。また「この条項は〇〇年〇月施行のXX法改正を反映しているか確認してください」と具体的に改正内容を伝えたうえでチェックさせる運用に変更した。
失敗③「長文の一括出力が途中で切れる問題」
全10章50条の就業規則を一気に出力させようとすると、Claudeが途中でレスポンスを止めてしまうことが何度かあった。「続きを書いてください」と追加プロンプトを送れば再開されるものの、前後の文章の整合性が崩れたり、条番号がリセットされたりするケースがあった。
改善策:章ごとに分割して出力させる方式に切り替えた。「第1章(総則・採用)を作成してください」「次に第2章(勤務時間)を作成してください」と一章ずつ依頼する。作業時間は少し増えるが、精度と整合性が格段に上がった。また最後に「今回作成した全条文の条番号が連番になっているか確認してください」と一覧表を出力させ、番号の重複や抜けがないかをチェックするステップを加えた。
成果・数値:Before/Afterで見る変化
Claude導入から約1年が経過した現在(2026年6月時点)、事務所の状況は大きく変わった。数値で整理すると以下の通りだ。
項目 | 導入前(2024年11月) | 現在(2026年6月) | 変化 |
|---|---|---|---|
就業規則・労使協定の月間作成時間 | 約28時間 | 約3時間 | ▲89%削減 |
顧問先数 | 34社 | 58社 | 1.7倍 |
月間残業時間(私個人) | 平均52時間 | 平均14時間 | ▲73%削減 |
就業規則1件あたりの作成日数 | 平均7営業日 | 平均2営業日 | ▲71%短縮 |
顧問料単価(平均) | 月額28,000円 | 月額31,000円 | +10.7%増 |
就業規則作成の成果物満足度(顧問先アンケート) | 3.8/5.0 | 4.6/5.0 | +0.8ポイント |
特に驚いたのが「顧問先満足度の向上」だ。作業が速くなっただけでなく、品質も上がったという評価をいただいている。理由を分析すると、時間的余裕が生まれたことで「クライアントへの説明や対話」に多くの時間を使えるようになったことが大きい。以前は草案を急いで作るのに必死で、「なぜこの条項が必要か」を丁寧に説明する余裕がなかった。
また、顧問先数が1.7倍になったことで売上も大きく伸び、2名いたパートスタッフのうち1名を正社員に登用することができた。「AIを使ったら仕事が減るのでは」という心配は、少なくとも私の事務所では全く逆の結果になった。
応用・発展:さらに広がるAI活用の可能性
雇用契約書・内定通知書の自動生成
就業規則での成功体験を踏まえ、雇用契約書や内定通知書の作成にもClaudeを活用し始めた。特に2024年4月から義務化された「労働条件の明示ルール変更」への対応が必要な契約書の更新作業に活用したところ、従来2〜3時間かかっていた作業が30分以内で完了するようになった。
助成金申請書類のサポート
現在試験的に取り組んでいるのが、助成金申請書類の下書き作成だ。雇用調整助成金や人材開発支援助成金など、書類が複雑で記載量の多い助成金申請について、Claudeに「会社の概要と申請目的を伝えて、事業概要欄・申請理由欄の文案を作ってもらう」という使い方を始めている。まだ運用を開始して3か月程度だが、申請書作成時間は約40%短縮できている感覚がある。
法改正セミナーの資料作成
顧問先向けに年4回開催している「労務管理セミナー」の資料作成にもClaudeを活用している。「2025年度の育児・介護休業法改正のポイントを、中小企業の経営者向けに分かりやすく説明するスライドの骨子を作ってください」と依頼すると、構成・見出し・説明文の下書きが一気にできる。セミナー準備時間が以前の半分以下になり、開催頻度を増やすことも検討中だ。
今後の展望:社内データベースとの連携
今後挑戦したいのが、過去に作成した就業規則・労使協定のデータベースをRAG(検索拡張生成)で活用する仕組みの構築だ。「業種別の最適な条文例」や「過去にクライアントから好評だった条文の書き方」をAIが参照できるようになれば、さらに精度と効率が上がると考えている。
まとめ:AIは「仕事を奪う」のではなく「本来の仕事に集中させてくれる」ツール
正直に言うと、私はAIに対して最初は懐疑的だった。「就業規則は会社の文化や経営者の思いを反映するもの。AIに作れるわけがない」という思い込みがあったからだ。でも実際に使ってみて分かったのは、AIは「就業規則を作る」のではなく、「就業規則の下書きを用意する」ことがとても得意だということだ。
本来、社労士の価値は条文を打ち込むことにあるのではない。クライアントの経営状況を聞き、労務リスクを見つけ、最適な解決策を提案し、信頼関係を築くことにある。Claudeを使い始めてから、私はその「本来やるべき仕事」に割ける時間が劇的に増えた。
月28時間かかっていた作業が3時間になった。その25時間で、私は新しい顧問先を開拓し、既存クライアントとより深い対話をし、スタッフを育成し、自分自身の勉強時間を確保できるようになった。地方の小規模事務所でも、AIを正しく使えば確実に事務所を成長させられる。そのことを、同じ悩みを抱える社労士仲間に伝えたくて、この記事を書いた。
ぜひ、まず1つのプロンプトから試してみてほしい。最初の一歩は思っているより小さくて済む。